あやめ咲き


皐月に入った。
風も気持ちよく沖田の髪を梳いてゆく。
くくらずにばらした長い黒髪は
5月の風をいっぱいに含んで、美しく流れていく。
空気が乾いているとむせることも多くなるが、この梅雨前のわずかな晴れ間は
沖田にとってありがたい事だった。
適度な気温は過ごしやすくて身体に無理がない。

いつものように縁側に座って乱れた前髪を押さえながら、
仔ブタのサイゾーに話しかける。
「うふ…ねえ、サイゾー、土方さんね…♪」
ブキ?
「きっとね…忘れていると思うんだ…
今日の誕生日のこと…」
ブキブキ!
「でしょ?だからさ…びっくりさせてやろうと思ってるんですよ。
サイゾーも協力して下さいね?うふふ…」
ブキ〜♪!

近くを市村鉄之助が慌しく通る。
何か頼まれごとの最中か?
「あ、沖田さん。おはようございまあ〜す」
「ああ、鉄之助クン、お早うございます〜♪今朝は見廻りは誰が当番ですか?」
「永倉さんと原田さんです。
でもきっとあのふたり、どこかで油売ってると思うんですよね」
と、にやにやする…
「ああ…アブラといっても、おしろいのアブラ…♪」
「ええ、たぶん…だから帰りはちょっと遅くなるかも…ですね。
でもきちんとお仕事はしてきてくれるでしょうケド」
「ええ、そうですね…♪
いいですね〜、屯所にも「春」が来て…」
沖田も鉄之助につられて微笑む。

最近、永倉と原田にはおんなが出来たらしい。
ふたりともはりきって話すことはしないが、どうも所帯を持つところまで
進展しているらしい…と山崎が土方に話していたのを聞いた。
殺伐とした勤務の中で、彼らが一輪の花を愛し
癒しを求めていくのを誰も止めることは出来ない。
いや殺伐とした「斬るか斬られるか」の毎日の繰り返しに
彼ら隊士がおんなへ癒しを求めるのは自然なことでもあろう。
特定の女子達と限定することもしないが、騒ぎ溢れる熱を押さえ込むのに
近く島原の多くの女子達の功績は大きかった。

この幼いように見える鉄之助だって、沙夜というかわいらしいガールフレンドが
いることを沖田も知っている。
ただ「言葉を発することが出来ない」揚屋の禿であるが…
鉄之助はそんなことも気にせずにお沙夜と仲睦まじい様子だ。
言葉の話せない沙夜を、鉄之助はいつもかばうように接している。
だが他の人に話す時と同じように元気な声で話しかける。
特別な態度ではなく、いつもの鉄として。
そして沙夜は、地面にそっと返事を書くのだった…
彼女の行く先を知っているのかいないのか、知っていてもそれを心に仕舞い込んでいるのか、鉄之助の態度は最初からちっとも変わりがないようだ。
沖田は少々胸の痛い思いで彼らを見ているのだが…

「鉄之助クン、壬生寺のお池付近に、綺麗なあやめがいっぱい咲いていますよ。
見に行ったらいかがです?」沖田も「誰と…」までは言わない。
「え?そうなの!そすか、じゃあ…」と、その先は鉄も言わない。
「じゃ、沖田さんだってご一緒に行かれれば…」と、これも言わない。
「ええ…、そうするつもりですよ♪」と、これまたにっこりするだけで通じる。
ふたりは揃って微笑みあった。
ブキブキブキ〜!
「ああ、サイゾーも一緒に行きますか?うふふ」

このような毎日の中で、ふたりとも想いを通じ合わせることが出来る相手が
あったことは、幸福だ。
ただ沙夜はその立場から、たとえわずかな時間でも自由に外出できないので
きちんと主人に許しを請わねばならないのだが。

土方も若いうちはその情熱に悩まされて多数の女を求めたらしいが
この京都での勤務についてからは、まるで「拒否」するかのように
おんなを遠ざけている様子だ。
妙な感情が、自分の足を引っ張る…向後の憂いを残さないため…
自分の香華を後に上げることになるおんなを持ちたくない…
そう思っているのか…
だったらオレならいいわけ?と、沖田は少々複雑だ。
自分だけ…と思うほど自惚れもしないけどさ…
どうもその辺の「お相手」は自分だけらしい…と嬉しくなるのだが…

私だって…いつまで土方さんに愛されるか…分からない…

総司は時々無性に心苦しくなるこの問題を振り切るかのように
サイゾーを抱えて立ち上がった。
「さて…私たちもあやめ、見に行きましょう。
土方さんはお仕事中かな…?」





「もう夜になっちゃったではありませんか〜!!」
辺りはもう真っ暗。
綺麗なあやめの花々は、ほの明るい月光の下。
昼間の、あの美しい紫色の群れはやっとのことで確認できるくらいだ。
「待ってろ…って…まさかこんな時間になると思わなかったです!」
「なんだ?あやめを俺に見せるのが目的だったのか?」
「……!」

実は沖田もあの後いろいろと忙しかった。
サイゾーたち家畜に水や餌をやり、庭を掃き、雑草を抜いていると
先ほどの鉄之助が早速沙夜に会いに行ったらしいが
「だめ」と見世の主人に言われ、しぶしぶ帰ってきたところに出くわし、
ならば、とふたりで壬生寺へ行き、こっそりと1本手折って
(沖田が口笛を吹き吹き、何食わぬ顔で盾になって)
それを大慌てで島原へ運ぶのについて行き、
嬉しそうな悲しそうな鉄を励ましたりして過ごした。
沖田はこのかわいらしいふたりを心から応援してやりたいと思っている。
出来ればずっと一緒にいさせてやりたい…!と。

肝心の土方には「今は忙しいから用が済んだら遊んであげる(爆)」と言われて
ずっと待っていたら…
もう辺りはすっかりと闇の中…
夕餉も済んだ、「夜」だったのだ。
「何もあんなに丁寧にシフト表を作らなくたって…」

土方にはそういう才能があった。
余談だが、新撰組のきっちりと整った序列表や勤務表、職務の名前まで
外国の軍隊をまねたおそろしく綿密な組織を作ったのも彼である。
そして後に新撰組隊士たちを多く処断することになる局中法度も
土方の製作である。
これについて大小の非難や賛美もあるが、こうした「同志」としての集団の中で
(新撰組は近藤勇のもとに集まった『同志』である、主従関係ではない)
あらくれ連中を締めてゆくために「規則」が必要であることを
誰よりも力強く説き、それが元で何度も山南敬助と衝突している。
山南敬助は規則だけで隊士たちをくくるのは危険であると力説し
のちに新撰組を脱走、局中法度の「脱走は切腹」に従って亡くなっている。


「いや!何よりも大切な、俺の任務だ」
今月のシフトを考えるのに時間をくって…」
「ぷう…(ふくれっつらな総司)
サイゾーにもあやめ、見せてあげると言ったのに…」
「なに?あのブタと俺とが同列か?
しかしあのブタとお前、どうしてそんなに通じてやがる…」
「そりゃあカワイイですからね、サイゾーは!
いつもしかめっ面の誰かさんとは違うんですよ。
それにサイゾーはブタだけど、僕の一番の友達なんですから!」
「ふん…」
と、土方はそっぽを向く。
総司は悲しくなる。
総司にとって今日は特別な日だった。
綺麗なあやめの前で、「お誕生日おめでとう」と言いたかった。
きっと誰も、本人でさえ忘れている誕生日を、こっそりと祝ってあげたかったのだ。
なのに、なのに、もう、よる〜〜〜〜!

「…あの…土方さん…今日何の日か知ってます?」
「お?知らん。今日は何月何日だ?」
話にならない。
「あ!端午の節句か!」
「そうそう、だから?」
「だから?」
総司は頭をかかえた…ダメだ、こりゃ!

「土方歳三さん…お誕生日おめでとうございます…」
総司は小さい声で下を向きながらつぶやいた。
「え?…」

この人に、愛情込めて言ってもだめだ…
総司はすっかりと落ち込んでいた。
土方も何も言わない。
ただあやめの池にふたりで立っている。
なんともバツの悪い時が流れた…

が。
突然土方はガシッと総司の肩を抱いた。
「え?!」
「総司…」
「…土方さん!」
尚も下を向きながら、総司は答えた。
ああ…良かった…
伝わった…
あっ…

そして気がついた。
土方の、小さな、そして嬉しい策。

「総司…なんで俺が夜までお前を待たせたか、分かったか?」
「…はい…」
「…そういう…わけだ」

今度はきちんと向き合う。
土方が微笑んでいる。
これは千金に値する、非常に珍しいモノだ!
総司も極上の笑みを返す。
そして総司は土方のその力強い腕にすっぽりと包まれた…

なんて大きな腕…!
総司はいつもそう思う。
オレなんかの腕と違って、本当に力強い腕だ。
新撰組をひっぱっていく、力強い腕だ。
誰よりも力強く、オレをひっぱっていってくれる腕。
そして誰よりも優しく抱きしめてくれる腕なんだ…

そうか…
土方さん、ちゃんと分かってくれていたんだ…
こういう時間を、ふたりで過ごすために、わざわざ夜まで引き伸ばして…♪

「でもな…さっきお前に『ねえ、サンポに行こう』と言われるまで
忘れていた。
なんでわざわざ?と思った。
目の前の勤務表の日付を見て思い出したんだ…
だから…
お前の勝ち」
「勝ちとかそんなのじゃなくて!
もう…!さっきのスットボケは何ですか!からかったんですね!」
「お前の怒る顔が見たかった…」
「え…?」
「そしてその…喜ぶ顔も…」
と、小さい声でささやくと、照れて横を向いてしまった。
にっこりと総司が笑う。
その土方の顔を無理やりにこちらへ向かせると
「もう一度笑って…ね?笑顔のお返しならお金かかりませんよ?」
「ばか…!」

土方はおおいに照れながら微笑むと、
もう一度総司を抱きしめた…



あやめと月光しか見ていない
ふたりだけの、夜のでえと…

そして鉄之助から贈られた一輪のあやめを
うっとりと眺める沙夜を
同じ月がそっと見守っていた。




               歳三さんへハッピーバースディ♪ 城みづき




照れくさいですねえ…(笑)
こんなほのぼのとした話…
まあ、いいでしょ?お誕生日だしね。
あの無骨者の土方さんがこんなコト言うかしらねえ?(笑)

土方さんのお誕生日がまさか5月5日だったなんて、ついこの間まで
知らなかったのですわ…
で、大慌てで…
私と2日違いで同じおうし座かあ…
さて沖田総司クンのお誕生は6月1日らしい…?
らしいというのは彼の出自はなかなかに込み入っていて
はっきりとしないらしいです。
まあ!だったらスグじゃない?あれ困った…(笑)
今度は紫陽花ネタで、これとよく似た話を(笑)書こうかしら?

さてさてもうひとつ困ったことに、「沖田総司」くんを
「沖田」にしたり「総司」にしたりで大変です。
何だか私はまだ、彼を統一で呼べないらしいです。
同じく「ボク」とか「私」とか「オレ」とか…ね?
人の前では「私」と言っているし、それだけでもいいんですけど
「土方さんの前でだけ」はかわいらしく「ボク」とか言っちゃったり
心の中では「オレ」って言うはずだし?とか考えていると
どうにもひとつに統一出来ないみたいです…ワタシ。
まあ、困りながら書きましたので、どうぞ困りながらお読みになって下さい。
今後もこういう紛らわしいことが出てきても
ピスメ初心者マーク付きです、しばらくはどうぞお許しくださいませね。

じゃあ、なんだか書き逃げのようなお話でしたけれど
お読み下さいましてどうもありがとうございました。
では次回は「総司クンのお誕生日♪」でお会いしましょうか?(笑)