明鏡止水

 息をはけば白く、風が冷たく身に染みる如月のころ。

 手はかじかみ息を吹きかけては懐に手を入れる・・・といった光景もよくみるこの季節。

 そんな時期に生まれたからだろうか。
 この男がこんな寒さの中、こんなにも活気にあふれているのは・・・・

 ふり向けばそこにあるその笑顔。
 冬本番というこの季節の寒さもものともしない笑顔に、剣客はいつしか心を
 奪われていた。

 その日の朝、剣心は日めくりを見て薫が大張りきりしていることに気づいた。
 不思議に思いみると、筆で大きく“ばれんたいんでー”と書かれていた。
 だが剣心の目にとびこんだのはその字ではなく、二月十四日という日にちであった。
 「そうか今日は・・・」
 剣心はあることを思い出した。



 「けんし〜ん!オイ、剣心!」
 彼が声をかけると反射的に笑ってしまう。その顔を見て彼は喜ぶのだ。
 だが左之助の姿を見ると一緒に溜息がでてくる。
 「左之、お主はまたそのような格好で・・・風邪、ひいてもしらぬでござるよ?」
 人が心配しているというのにどう解釈すればそんなにプラス思考にとれるのか。
 「へっ、俺に限ってそんなこたぁねぇよ。」
 いつしか、自信満々の彼の顔を見ることが剣心の楽しみの一つとなっていた。
 「そうでござるな。何とかは風邪をひかぬというでござるしな。」
 クスクスと笑いながらそう言った。
 真面目に受け止めれば呆れるし、かといって笑えば機嫌をそこねる。

   −そこがまたいいのでござるが。惚れた弱みでござるかなぁ♪

 剣心も厚着、というわけでもないが、左之助ほどではない。
 冬ということで剣心は着物を少しきつめに着たり、襟巻きをしたりしている。
 だが左之助は半裸一枚なのである。
 その半裸に強い意味が込められていることを知っているが、
 惜しげもなく引き締まった腹筋を空気にさらしている。
 冬にそれはないだろう・・・と思う。
 剣心が不思議に思うのはそんな薄着なのに左之助の身体はいつも温かい・・・
 と言うことである。

 「オイコラ、手前ぇ何笑ってやがんだよ。」
 明らかに不機嫌そうな声。その時の顔が妙に子どもっぽく見えた。
 「いや、なんでもござらぬよ。」
   −ほら、拙者が笑うとどうしてご機嫌斜めになるのでござろうか・・・

 こんなことを考えていても剣心の顔は笑っていた。
 左之助といることが嬉しくてたまらない、ということを表しているようだ。

 「でも、俺が風邪ぇひいた時ぁ看病、してくれんだろ?」
 −お主を寝込ませるほどの風邪菌はおらぬと思うでござるが・・・
 「もしも寝込む程の重傷であれば・・・するでござるよ。」
 それを聞くと左之助は目を丸くさせた。
 「な、なんでござるか?」
 予想外の反応に驚いたのは剣心である。
   −拙者、なにかおかしなことでも言ったでござるかな・・・
 うんうんと悩み出すと左之助はクククと笑った。
 「冗談だったのに、お前ぇが真顔で答えるからうれしかったんでぃ。」
 太陽の様な笑顔の男は剣客の頭に手をのせて髪の毛をクシャクシャとした。
 嬉しい時には嬉しい。理由が分からなければ直球に聞く。
 そんな男である。

 以前の剣心ならば左之助に質問をされるとすぐに顔を赤らめて
 黙り込んでしまったであろう。
 だが左之助といる時間が長くなってきて,
 左之助のこんな性格がうつってしまったのだろうか。
 物をハッキリ言うようになった。
 もちろん、物事を直球に言うのではなくよく考えてから発言しているのだが。
 剣心はこの性格を“左之助といる時間が長い証”として時にとても嬉しくなるのだ。

 「でよ、今日・・・二月十四日って、何の日か覚えてっか?」
 剣心はそうくるであろうと予測していた。
 もちろん何の日か忘れるわけなどないが剣心はあることを思いつき、
 あえて知らんぷりをした。
 「二月十四日・・・・そうでござるなぁ・・・」
 左之助の方も今日のこの日を剣心が忘れるわけなどないと期待しているようだ。
 それは顔をみれば分かる。
 「ほら、でぇじな日だろ?」
 「二月十四日・・・あぁ!」
 剣心が手のひらをポンっとたたいた。
 「お、思い出したか?」
 「あぁ。分かったでござるよ。」
 剣心の頬が上がる。
   −なんだか面白いでござるなぁ♪
 「今日は“ばれんたいんでー”でござるな。
 薫殿がちょこれーとと言う物をつくって・・・」
 「だー!ちげぇよ!
 だいたい嬢ちゃんの手作りならそのちょこれーとってもんじゃねーだろ!」
 もっともでござるなぁっと言うと剣心はわざと考え込むふりをした。
 「ほら、あるだろ?二月十四日だよっ」
 じれったそうにその日を繰り返して言う左之助。
 楽しみながらちょっぴり良心がゆれる剣心だった。
   −でも止められぬでござるな。
 今にも笑い出しそうな自分をこらえて真顔になる。そして一言。
 「やはりばれんたいんでーでござるよ。」
 時間をかけてだした結論がそれかと左之助は肩をおとす。
 「だいたい何なんでぃ、その“ばれんたいんでー”ってのは。」
 そうきくときに左之助が何気なく剣心の肩に手を置いた。
 「か、薫殿にきくでござるよ。」
 少しそっけなく言った・・・というのも服の上からでも感じる左之助の温かい体温が
 伝わってきて驚いたからだ。
 そんなこととは知らない左之助はもうあきらめたようで悪一文字を翻し軽く舌打ちすると
 左之助は“じゃぁな”と一言だけいって破落戸長屋に帰ってしまった。

   −ちょっとひどかったでござるかなぁ・・・
 右へ左へと揺れる“惡”の一文字をみながら考えるのであった。

 ポリポリと頬を書くと剣心は薫に頼まれた買い物に出かけた。



 「剣心!お帰りなさい。はい、これっ」
 帰るやいなや薫は剣心に包みを渡した。
 「ただいまでござる。なんでござるか?これは。」
 袋の上から見る限り、形はいいようである。
 中を覗くと真っ黒い固まりが見えた。
 薫はむふふふっと妖しげな笑みを浮かべた。
 仮にも剣術小町と呼ばれるおなごのする顔ではなかった。

 背筋にゾクリと悪寒が走る。
 「ちょこれーとよ。」
 しかし誰が見てもそうは見えない。
   −こ、これがちょこれーとでござるか!?
 以前妙殿が横浜土産に見せてくれたものとは違うでござる!!
 満面の笑みで渡す薫。その顔をみれば受け取らないわけにはいかない。
   −大丈夫、食べ物で作ってあるのでござるから・・・食べれない物ではござらぬ!
 「ありがとうでござる薫殿。」
 剣心はにこやかな笑顔でちょこれーと(?)を受け取った。
 少し顔が引きつっていたようにも見えるが薫には気づかれなかったようだ。
 すぐに懐につっこむと紙袋の冷たい温度が腹をくすぐった。
   −左之とは正反対でござるな。

 “そんなんだから勘違いされちまうんだよ”
 以前左之助にそんなことを言われた。
  −確かにそうかもしれぬなぁ・・・しかし笑顔以外どのような顔で受け取れと・・・・?
 こんな時、左之助の言葉が教訓となり頭に浮かんでくる。

 「剣心、どうかした?」
 「あ・・いや、なんでもござらぬよ。これ、頼まれていた物でござる。」
 「ありがとう、じゃぁちょっと洗濯物取り込んどいてくれる?今日は私がつくるから」
 そう言って薫が中へ入ろうとした時、剣心は何気なく薫の首に自分の襟巻きをかけた。
 「あの・・・剣心?」
 「その首では風邪をひくでござるよ。」
 薫はポニーテールなので首のへんは絶えず風が通りぬけているのだ。
 もちろんこれは剣心のついやったことで、薫だけに特別にやったことではない。
 だが薫は上機嫌で中へと走っていた。

   −またやってしまったでござる・・・
 これはいいことなのか悪いことなのか、後で少し後悔するのだがどんなに後悔しても
 少なからず剣心の顔は笑ってるのだ。

 薫が中へ入るとき一度剣心の方を向くと手を振って身を翻して台所へとむかった。
 剣心はその後ろ姿を見て先ほどからかった男を思い出した。
 「・・・これは、今夜にでもいかぬとな。今日でなければ意味はないでござるし・・・」
 すでに日は暮れ始め、冬ということもあり辺りは薄暗くなっていた。
 家々に灯りが灯され、道を照らしていた。
 「だが、薫殿に頼まれてしまったでござるしなぁ・・・」
   −だからといってすませてから行くと遅くなってしまうでござるし・・・

 と、そんな様子を見ていた弥彦は草履をつっかけると剣心のもとへと走ってきた。
 「なにしてんだよ、剣心。」
 「おろ?」
 気づけば弥彦の顔は剣心のすぐ真ん前に来ていた。
 竹刀をかついでいるのをみると稽古が終わったばかりのようだ。
 おまけに汗だくである。
 「おぉ、弥彦、ちょうどよかった。拙者、今から左之の所へ行ってくる故、
 遅くなるかもしれぬ。薫殿に伝えてほしいでござるよ。」
 「あぁ、いいぜ。」
 「それともう一つ。洗濯物を取り込んでおいてほしいでござる。」
 弥彦は断ろうとしたが剣心の笑顔を見るとだれもが頷くしかなくなってしまう。
 もちろん剣心は笑いながら頼んだ。
 弥彦は溜息をつくとしぶしぶだがひきうけた。
 剣心はもう一度笑うと行ってくる、といって道場を後にした。
 その後ろ姿を不審げに見つめる弥彦であった。
 −左之助ん所に行くと朝帰り多いよな・・・

 冬の風が弥彦の頬をくすぐった。
 「っと、早めにすましとくか。お〜い、薫!」
 勢いよく土を蹴ると異様な匂いのする台所に走っていった。


 道場を後にしてすぐに剣心は弥彦のことを考えた。
   −やはり感づかれているでござろうか・・・
 剣心がそう思うのも無理はない。
 弥彦は十にしてなにかと物事に対して鋭い。
 その鋭さは確かに良い物なのかもしれないが、
 剣心と左之助にとっては厄介な物なのだ。
 なにかと口をはさんでは薫にばれないかとひやひやさせられる。
   −まぁ、大丈夫でござろう。皆、まだ気づいてないようでござるし・・・・
 冷たい冬の夜の空をあおぐ。
 「もう、日が暮れるのが早いでござるなぁ。」
 手に息をかけながら長屋へとむかっていった。
 襟巻きをもってくればよかったと歩きながら思う。
 「しかし、行ったとしてなんといってよいのやら・・・」
 剣心はブツブツと言葉を考えて始めた。
 辺りは静かで、剣心の草履が土を蹴る音だけが響いていた。


   −結局いい言葉が思いつかなかったでござる・・・
 剣心は重い足取りでと書いた戸の前に立った。
 フゥと一呼吸して戸を軽く叩く。
 「左之?いるのでござろう?左之っ?」
 最初はトントンと小さめだったが返事がないので叩く音は大きくなってゆく。
 それと共に声までもが夜の空気を切り裂く。
 「開けるでござるよ?」
 ガタガタと軋む戸を開ける。と、そこはもぬけのからでいるはずの人物の姿はなかった。

    −厠でござるかな・・・

 剣心は中に入ると無理矢理戸をしめる。
 左之助がいつもスッと開けているのをみるとなにか開けるコツがあるのだろうと
 思っていたがやはり開けにくい物である。

 剣心は入るとます一呼吸した。

   −左之の匂い・・・

 いつ来てもしかれてある布団。

 干したらどうだと言うと“お前ぇの匂いが残ってるからいいんでぃ”と言われた。
 「さすがに赤面物でござったなぁ。」
 誰もいない部屋、左之助の布団に寝転がりその匂いを思い切り身体に吸い込む。
 「左之・・・」
 その心地よさは先ほどの比ではない。
 灯りを灯していない部屋。
 外はもう暗黒。

 長屋の住人は節約のために夜は灯りを灯していないところが多い。
 左之助も以前はそうだったようだが神谷道場に行くようになってからは
 そうでもないようだ。
 『でも、おめぇが俺んとこ寄ると、一晩中つけてっからすぐ蝋燭がなくなっちまわぁな』
   −あんなことも言われたでござるな・・・
 気さくな笑顔が欲しい。
 その声で、身体で、自分をみたしてほしい。

 「寂しいでござるよ・・・」

 急に、恋しくなった。


 寂しくて、寂しくて・・・

 早く、抱きしめてもらいたい。

 広い肩幅、厚い胸板、左之助の体臭。

   −早く、帰ってきて・・・
 「左之・・・」
 剣心はいつしか、眠りについてしまった。



   −午後十一時−

 左之助が長屋に帰ったのは、剣心がきてから四時間後だった。
 二月十四日もあと一時間となった。
 「左之さん、着きましたよ。ほら、起きてくださいよ。」
 左之助は剣心が忘れていると思いヤケになり、修をつき合わせて酒を飲んでいたのだ。
 「あぁん?」
 「ったく・・・誘うのは左之さんなのに、帰りは俺の仕事なんだから・・」
 左之助は返事はするもののあいまいで、修も困り果てていた。
 よく左之助は皆を酒にさそうのだが最後はおごらせて家まで送ってもらうのだ。
 どうしてもおごってもらえない時は払うあてなどないがツケという形で飲んでいる。
 もちろん、今まで払った記憶などない。

 「・・・?」
 一方部屋の中では剣心が外の気配に気づいて目を覚ました。

    −・・・左之?

 左之助が帰ってきた。
 そう思えばいてもたってもしておられず、草履も履かずに戸を開けた。

 ガラッ

 「左之!?」
 開けた瞬間月明かりと共に風が吹き、誰もいないか・・・と思うやいなや、
 目線を下げてみると・・・
 「ん・・んぁ?」
 そこにいたのはベロンベロンに酔った左之助だった。
 修はどうやらそのまま左之助を戸の前に下ろすと帰ってしまったようだ。
 「左之!」
 −お主はもう!
 夜だというに剣心は左之助を大声で呼んだ。
 だが左之助はいっこうに目を覚まさない。
 「はぁ・・・」
 剣心は溜息をついて部屋へ入るとガサガサとあたりをあさり始めた。
 「えっと・・・あ、これでござる。」
 剣心が探していたのは御猪口だった。
 左之助の家にあるのだから当然のようにヒビ割れている。
 そして御猪口に水を注ぐと左之助の口へと運んだ。
 だが水は頬を伝わり地面へと流れ落ちた。
 「お主はどこまで世話をやかせるつもりでござるか・・・」

   −しかたない・・・

 剣心は自らの口に水を含むと己の唇を左之助の唇に重ね、流し込んだ。
 普段、あまり自分から求めない剣心にとって、実はとても恥ずかしいことである。

 ゴクリ・・と喉がなって、左之助が目がゆっくりと開いた。
 「うまいもんだな、剣心。」
 「な・・・!」
 剣心の顔は一気に紅くなった。
 寝てると思いした行為だ。
 だが相手がすべてわかっていると知ったのだから穴があったら入りたいというくらい
 恥ずかしいのである。
 「左之、お主起きて・・・」
 まるでさっきのお返しだと言わんばかりの笑顔で左之助は笑った。
 笑った時に見えた白い歯が月明かりに照らされて優美に見える。
 「あぁ、さっき修に起こされて、少し外で酔いをさましていたんでぃ。
 そこへお前ぇが来たんでちょっと・・・な。」

   −だ、騙された・・・

 「こんな気分になるのは師匠に奥義を伝授してもらうとき以来でござるよ・・・」
 左之助はふくれっ面になり部屋へ入った。
 剣心は始めおろおろしていたが左之助の顔を見るとぐずついた顔になった。

 ドカリと腰を下ろすと少しすねたように言う。
 「お前ぇ、今日は俺の・・」
 「誕生日おめでとうでござる。」
 そう言った剣心の顔は涙でぐしょぐしょだった。
 だが、月の光のせいか、左之助には綺麗に見えた。
 「拙者が、忘れるとでも・・・思っていたのでござるか・・・?」
 「でも・・・昼間は・・」
 「いつも左之が主導権を握るから、たまには拙者が握りたかったでござるよ。」
 そんだけの理由か・・・と左之助は身体の力が抜けたように横になった。
 しばらく天井の染みを見つめていたが入ってくると思っていた剣心が近寄ってくる気配が
 なかったので戸口に目をやると、剣心はまだ外に立っていた。
 「ったく・・早く来いよ。」
 ザッザッと足を引きずるように歩くと戸をゆっくりとしめ、
 横になっている左之助の隣に座った。
 戸を閉めると部屋は元の暗さに戻った。
 「左之・・・すまぬ・・・・」
 ぐいりと剣心を腕の中に閉じこめると左之助は言う。
 「なぁ、許すから、もう一回剣心からしてくれよ。」
 「ぁ・・ぇ・・でも・・・・」
 左之助は剣心の様子が手に取るように分かっていた。
 焦っている様子も、赤面している顔も、どんな想いで今いるかも。
 「どうした。剣心・・・」
 「・・・っ」

 左之助は剣心に強制させているワケではないのだ。
 ただ剣心が自分のことで困っている所を見たかっただけ。
 すべては自分を見て欲しくて言ったことだった。

 僅かにはいる月の光。
 少しずつ、唇が近づいてくるのが見える。
 途中まで目を開けていた剣心だったが間近になるとキュッと目を瞑った。
 それを見て左之助も目を瞑る。

 「ん・・・」
 左之助の唇に温かな感触が伝わる。
 頬に手をやると冷たい。だがそれを補うかのように剣心の唇は温かかった。

 暗闇で確かめる。
 剣心の肩、腰、足・・・
 こんなに細い身体と戦って負けたのか、と重うと少々悔しい気もしたが・・・
   −こっちじゃ俺の方が有利だよな・・・
 と思うと嬉しくてしょうがない。

 小さな唇をわり口内へと進入する左之助の舌。
 「ふ・・・」
 始めは恥じらい遠慮していた剣心だったがおずおずと舌を差し出す。
 触れれば先ほどより熱を感じお互いを確かめ合う鍵となる。
 左之助がゆっくりと目を開けてみれば、
 普段では決して見ることのできない剣心の顔がある。
 自分しか知らない、顔が・・・

 ゆっくりと唇を離すと細い糸が二人を結んでいた。
 「お前ぇ、さっきここに寝てたろ。」
 「ど、どうして・・・」
 「お前ぇの匂いがする。」
 「匂いって・・・」

    −まさか自分も匂いをかいでいてそのまま寝てしまったなんて
    口が裂けても言えぬでござるよ。

 再び紅くなった剣心を布団に押し倒すとそのままなだれこもうとした・・・・が、
 その時剣心の懐がガサリとなった。
 「あ?お前ぇ何入れてんだ?」
 「え?」
 懐をみると小さな包みが見えた。
 「あぁ、これはちょこれーとでござるよ。」
 懐から包みを取り出すとポロリと一つ転げ落ちた。
 この寒さのおかげで溶けずにすんだようだ。
 「ばれんたいんでーとは、好きな者にちょこれーとをわたす日でござるから。先ほど・・・・」
 「へぇ・・・じゃ、もらいっ」
 左之助は剣心の作った物と思いこみ落ちたちょこれーとを拾うとパクリと口の中にいれ
 すぐに飲み込んだ。
 「なんか・・・・苦ぇなこんなもんなのか?」
 すでに後の祭りである。後味は最悪だったのだが剣心が作ったと思っているのだ。
 “不味い”などと言うはずがない。

 「人の話は最後まできくでござるよ。」
 「・・・・・へ?」
 「それは先ほど薫殿にもらった物でござる。もちろん、薫殿の手作りでござるよ。」
 「う゛・・・」
 そう剣心が説明した直後、左之助の血の気はひき、すぐに厠へと走っていった。
 「やれやれ、拙者は恵殿を呼びにいくでござるかな。」
   −とうぶん左之は厠から出てきそうにないでござるし。
 起きあがると乱れた着物を直し小国診療所へと向かった。


 「あんた馬鹿じゃないの!?」
 厠からでてきた左之助に向けていった恵の第一声である。
 「あの人がつくったものを食べればこうなることくらい分かってるでしょ!?」
 あの人とはもちろん薫のことである。
 このことについてはまったく言い返せない左之助。
 「剣さんがいたからいいものの!」
   −拙者がもらった物を食べたから、なんてほとんど拙者のせいでござる;
 「ところで剣さん、どうしてここにいたの?」
 「え゛!?あ〜・・今日は、その・・・左之が賭博に拙者を誘ったので・・・
 その・・説教を・・・」
 こんなしどろもどろの解説で、疑わないハズがない。
 もともと剣心は良いわけがヘタなのである。
 恵はじっと剣心を見つめると言った。
 「分かったわ。」
 ホッと胸をなでおろし、一安心・・・と思いきや・・・・・
 「そう言うことにしておいてあげる。今回だけよ、左之助。」
 「め、恵殿・・・」
 テキパキと薬を調合するとすぐに片付け帰り支度を始めた。
 重そうな薬箱を抱えるとまるで邪魔者は退散しますと言わんばかりに
 スタスタと戸口へむかった。
 そして戸を閉める前に一言。
 「今までみたいな態度で気づかないのは、よっぽど鈍感なのよ。
 気づいてなくても感づいてはいるんじゃない?」
 ・・・と。
 「し、知られていた・・・で・・・・ござるか・・・・」
 「てぇと、嬢ちゃんはすげぇ鈍感ってことか。」
 剣心がへたへたと座り込むと左之助が布団から手をだし、剣心の手を握る。
 やはりその手は温かかった。
 「こうなったのはお前ぇの責任だよな。」
 かすれた低い声でささやくように問う。
   −お、怒ってるでござる・・・
 「すまぬでござるよ、左之。」
 てっきり怒鳴られると思っていたのだが、意外にも左之助は笑った。
 「だから、これから毎日、来てくれんだろ?看病。」
 その言葉をきくと剣心の手に力が入った。
 「当たり前でござろう・・・くるでござるよ。」
 剣心が笑った。左之助だけにみせる笑顔で。
 その笑顔には涙がうかんでいた。
 そして左之助の耳元でささやいた。

 『左之のお腹が治ったら、ばれんたいんでーのやり直しをするでござるよ。』

 左之助を寝込ませたのは、風邪菌ではなく、薫の手料理であった。

 誕生日にして寝込むことになったのは幸か不幸か、
 剣心との仲をより深くさせたのは、まず間違いない。


    −了−
  


  こんにちわ、みづき様。
  「明鏡止水」今回の純情な剣心にぴったりだと思い、一目 で気に入りました(^^;)
  城みづき様のところへ仁の小説が嫁ぐのは二度目ですね(笑)
  今回のテーマは“甘甘かつ切なさを感じる左之剣”・・・だったのですが・・・
  もはや別物;
  切なさのせの字もない様な内容となってしまいました;;
  仁としては口移しで左之助に水を飲ませるシーンがお気に入りです(^^;)
  しかしまぁ、少女チック剣心を楽しんでもらえたら嬉しゅうございます。
  左之助、誕生日おめでとうってことで、お受け取り下さい。
          
          どうぞこれからもよろしくお願いいたします<(_ _)>


                                 何奴 仁


           


 
仁さまへ♪

  今回もかわいらしいお話をお送りくださいましてどうもありがとうございました。
  剣心が不思議に思うのはそんな薄着なのに左之助の身体はいつも温かい・・・>
  というのに、賛同いたしますよ。
  きっと左之助の暖かさは剣心のカイロ代わり…
  くっついているのが何よりも嬉しい剣心のはずです。
  そして体温よりも暖かい左之助の心意気…それが剣心にとって最高なはず!
  薫ちゃんのチョコでお腹壊してしまった左之助は気の毒でした(笑)
  ちゃんと聞いてから食べなくちゃ、ネ♪
  口移しで水を飲ませるシーン、私もお気に入りですわ。
  そして
  酔ったふりしてしっかりと剣心の動向を見ていた左之助…ってば!
  ああ、やっぱり甘甘でイイですね!

    いつも応援をありがとうございます。
    こちらこそ今後もどうぞよろしくお願いいたします♪
    ぜひ次回作にも期待させて下さいね!

               城みづき 拝


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    ぜひご訪問下さいませ。