川〜「岸辺のアルバム」


今年は台風当たり年だそうです、いっぱい来ましたよ、関東には。
私は東京都と神奈川県の境を流れる多摩川を渡ってお仕事に行きますが、
この月曜日もまさしく台風来るぞ!の日でしたので、
どんなに水かさが増しているだろうと
少々ワクワクドキドキ気分で出掛けました。
多摩川は、今ちょっとマスコミで「アザラシが現れた」ということで
連日騒がれておりますね。
(名前、タマちゃんだって。多摩川だから?ネコみたい)
案の定、カフェオレ色の大水が、
河川敷の野球場を今まさに飲み込む…という状況でした。
ごとんごとん…(半蔵門線が多摩川を渡る音)

この多摩川がかつて大雨の為に氾濫し、
多くの人家を流した日のことを、私はよく覚えている。
あまりの大雨が地面に叩き付ける音で人の声も聞こえず、
学校は午後休校となったのだ。
それはものすごい雨だった…この年になってもあの雨を超える量を知らない。
そんな多摩川を見ながら、
古いTVドラマ「岸辺のアルバム」(山田太一著)を思い出した。

大手企業とは名ばかりで、裏で兵器工作、
東南アジア系の女性達の売買をする仕事に就く父親、
貞淑な妻の仮面の下で不倫に走る母親、外国人に犯されて身ごもる姉、
そして受験に失敗して日々の何もかもが面白くない浪人生の息子。
この息子だけが家族全員の秘密を知ってしまい、自暴自棄になっていく…
思いあまってある日、感情を爆発させた息子は家族の前で秘密を曝露してしまう。
そして「家庭崩壊か?」となったまさにその日、多摩川が氾濫する。
雨は小降りになってからが怖ろしい。
上流やあちこちの支流から集まってきた水が、すべてこの本流に流れてくるからだ。
水はどんどんと増え、限界線を越え、河川敷を埋め、土嚢を超えて人家に及んだ。
既に非難していたこの家族…非常に気まずい。
が、その時父親が、係員に訴える。
「家に返して下さい。取ってきたい物があるんだ」
「何を言ってるんです。ダメです!もう無理です、家ごと流されますよ!」
「いや、どうしても!」
「それは何です?」
「アルバムだ…家族の歴史の…」
息子は既に水浸しになった家へ飛び込み、
押入れから数冊のアルバムを取り出し、家の中を振り返る。
家具は揺れ、畳も水浸しだ。窓も割れた。
家族の秘密を知った時にはあれほど「こんな家など壊れてしまえ」と望んだ家はまさしく今、
溢れる大水にその基盤を崩され、根こそぎ流されて行く直前だった。
テレビが、テーブルが、たんすが、音をたてて軋む。
そのひとつひとつに、彼は触れながら叫ぶ、「さよなら!さよなら!さよなら!」
その後、彼の家は流されて行ったのだ…

後日流された家や家具が河川敷に残されていると聞き、
彼らは自分の家を探しに出掛ける。
壊れた家具で埋まる河川敷…深いため息…
だが、そんな風景を見やる家族の顔はすがすがしかった。
流されてしまったのだ。この雨とともに…、すべて…
また新たな出発が出来るのだ。
かけがえのない家族の絆が強く結ばれて。

崩壊寸前の家庭が欲したものが家族のアルバムとは皮肉でもあり、
成長の名のもとに家族に無関心になる年頃の息子が一生懸命生き悩む姿が印象的だった。
無関心なんかより、ずっといいよ。ね。
「さよなら!」と叫ぶ若かりし頃の国広富之の顔さえ覚えているもの。

新聞には「多摩川は昔の流れを覚えていた」と書いた。
この流された家が建っていた所はかつては水が流れていた所で、
地域開発の為に埋め立てられ、新興住宅が建った所だったのだ。
ジャニス・イアンの「シャル・ウイ・ダンス」の曲と多摩川の景色がいい感じだった。
忘れられないドラマである。

隣で川を見ている子供が「あ、海だ」と言った。
海のように増水した多摩川に、タマちゃんはまだいるのだろうか?
願わくばこの大水の流れに乗り東京湾に出て、
人々やマスコミの興味本位の目から逃れて欲しいと思った。
家族の元へお帰り。


「Diary」より