緋い果物を がりりと噛みました
濡れた唇が ぬらぬらと光ります



皙い皙い月の様な・・・そんな貌だった。
碧い碧い星の様な・・・そんな瞳だった。
綺麗な綺麗な貌を緋色の髪が縁取り、深紅の唇が目立つ。
なんてぇ面だ、と思った。
唇の端を、ほんの少しだけ上げて微笑う。
そんな奴のことが、俺は好きだった。


柔らかい布で 体を拭きました
零れる雫は 誰の涙でしょうか



いつもの喧嘩のつもりが、つもりじゃなかった。
らしくねぇ無様な格好で、俺は破落戸長屋へと戻る。
まぁ、やられた分ぐらい、たっぷりと礼はしてやったがな・・・
「痛ぇなぁ・・」
ゴロリと横になる。
四畳半もあるかなしやの汚ぇ部屋は、手脚を延ばせば一杯になる。
「狭ぇなぁ・・」
爪先で壁を小突く。
いつしか俺の意識は、どこかへ逝った。


幻の月の影を ぼんやりと眺めています
抗えぬこの想いに 心は燻ります



香の様な匂いで、俺は目を醒ました。
見たこともねぇ綺麗な貌が、飛び込んでくる。
声を掛ける前に、手を延ばして皙い頬に触れてみる。
その手を滑らせて、ふっくらとした唇にも触れてみる。
指先で、縁をなぞる。
己の唇で、ソレに触れてみたくなった。
節々の痛みをも忘れ、俺は起き上がって抱き締める。
唇を重ねると、柔らかい舌が応えてきた。
堪らず、俺は襟を開いて胸をまさぐった。
そして驚いた。

「お前ぇ・・・男か。」
濃い影を落とす長い睫が縁取る瞳は、碧かった。
西洋人形みてぇな面の「男」は、微笑った。
ちょっと人を見下した様な、微笑みだった。
彼が何故、俺の処へ来たのか解らない。
この見目なら、しがない喧嘩屋の処へ来ずとも、
可愛がってくれる旦那は幾らでもいように、と思ったが、
彼は微笑うばかりで何も言わない。

「お前ぇ・・・男か。」

俺は繰り返した。
残念とでも聞こえたのか、彼はやっと口を開いた。

「女の代わりにしても良いでござるよ。」

鈴を振った様な声だった。
まだ声変わりをしていない、子供の様な声・・・・
「代わりにして欲しいのかよ。」
考えてみりゃ、勝手に上がり込んできた得体の知れねぇ奴だ。
どこぞの美人局かもな。
また、彼は微笑う。よく微笑う奴だ。
俺は、マジでムカついた。
馬鹿にされているとしか思えなかった。
こいつ、目茶苦茶にしてやったら泣くだろうか・・・・


雨が降る前の 匂いを嗅ぎました
気づかれぬ花が ひとりで咲いてます



殺っちまったのかと思った。
小さな躰は、ピクリとも動かない。
ざんばらに解けた髪が貌を覆ってしまっているが、
血がついている唇だけが覗いて見えた。
俺は怒りを治めようと、彼に暴力を振るった。
その上、ひどく凌辱した。
最期まで彼は、泣こうとはしなかった。気の強い奴だ。
滑らかな肌は痣に彩られ、それはそれで扇情的だった。
何故か俺は、彼がこのまま目を醒まさなければ良いのにと思った。


咽喉に流れる 水の冷たさ


あんな酷い目に合わせたのに、毎晩彼は通ってきた。
優しくなんかしてやった夜はないのに・・・
傷だらけの姿で、夜明けと共にどこかへ消えていく。
そんな彼を、いつしか俺は求めるようになっていた。


なだらかな坂の上を カラカラと歩いています


その晩を境に、彼はプッツリと姿を見せなくなった。
流石に、俺の暴力に耐えられなくなったのかも知れねぇな。
後悔はしちゃいねぇが、心にポッカリと穴が空いた気分だった。
「名前も訊いちゃいなかったな・・・」
一体、なんという名だったのだろう。
嘸かし綺麗な名だったのだろうと思ったが、もう訊く術もない。
お前ぇ、名は?・・・宙に向かって、呟いてみた。


乾かない髪のままで 何かを冷ますように


どこぞのお大仁の立派な馬車を囲んで、女達が騒いでいる。
いつもなら通り過ぎてしまうところだが、
その時に限って俺は立ち止まった。
「おい、どこのお偉いさんでぇ?」
中年女に声を掛ける。
女は、嬉々として答えた。
「陸軍卿 山形有朋だよ。またこれが綺麗なコを連れてねぇ!」
立派な屋敷から、陸軍卿と屋敷の主人とやらが出てきた。
挨拶をする二人の横に、緋い髪の西洋人形みたいのがいる。
人形と俺は目が合った。
人形は微笑う。
俺を見て微笑った。
お前ぇ、名は?・・・声に出さず、問いかけてみる。
「・・・剣心・・・剣の心。」
唇だけ動かして、彼は応えた。
山形は愛おしそうに彼の肩を抱くと、馬車へと誘う。
陸軍卿のモノになってるんなら、俺に勝ち目はねぇ。
黙って、走り去る馬車を見送った。


幻の月の影が どこまでもついてきます


翌朝の月は、西の空にボンヤリと残っていた。
目映い朝日にも敗けない様に、白く輝いている。
「剣心・・・剣の心か・・」
意外にも剣客の様な名に、拍子抜けした。
また、俺の処に戻ってくるような気がした。
月が夜空に耀くように・・・



鎮まらぬこの想いに 心も緋くなるのです





「幻の月」 鷹司 葵

   お久しぶりです。鷹司葵です。
   剣心のお誕生日小説を書いてみました。
   (小説というより、左之助の独白)
   最後まで左之助は剣心のことを知らないまま、終わっています。
   剣心もまた、名前しか告げていません。月と共に現れて去っていった、謎の存在です。
   挿入歌は元ちとせの「幻の月」です。
   月と剣心って、合うと思うんですね。
   基本的に彼は夜に生きてきた存在ですから。
   昼は隠れていて、夜だけ綺麗な姿を見せるという感じでしょうか。
   六月の誕生石がムーンストーン(真珠もありますね)ということもあり、月をテーマにしました。
   鷹司も六月生まれなので、ちょっと煩悩な今日この頃です。   
   城さん、素敵な壁紙期待してる!
   どうぞよろしくね♪




   鷹司さん、素晴らしい小説をありがとうございました。
   いやはや、感動しました!
   なんだか謎めいた、そしてとても綺麗な、白いイメージの剣心です。
   「こんな剣心なのに?」と言われても、私には「白」のイメージです。
   そんな「純白」をあえて犯したい、汚したい、傷つけたい…
   左之助はそう感じたのだと思うの。
   そんな白い剣心を紅く血で染めるのは
   どんなにか燃えたでしょうに、左之助。
   左之助の快感を想像すると震えてしまいます。
   壁紙は新イラストを大急ぎで描きました。
   こんなカンジでよろしいでしょうか?…(汗)

   イラストは「剣心お誕生日特集」に飾りました